Valentine's Day Kiss

「あの……これは……?」
 男は、渡された包みを訝しげに眺めながらそう問うた。
 目の前には、主の妻。
 両腕には、彼に渡した包みと同じものをたくさん抱えている。
「バレンタインの贈り物です」
「……ばれん……たいん」
 男は首を傾げた。バレンタインという言葉は馴染みがなく、何故それで包みを手渡されたかが理解出来なかった。
 目の前の女性――シュワルツェ国王子、シャルトリュー・シュワルツェの妻ルイは、時折こういった不思議な言葉を用いた。
 それは、彼女が人魚の国の王女であり、自分たち魔族とは関わりのない人種であるからに相違ない。
 以前ならば、この国の者は彼女を含め人魚たるものを蔑視していた。しかし、この国の王子が人魚の姫を妻に娶り、長らく続いた戦乱を終結させ人魚の国との友好関係を築こうとするようになってから、一気にその意識は変わっていった。
 苛烈な女王から優しい王子へ覇権が移りつつあるシュワルツェで、今や人魚の王妃を蔑む声は聞かれなくなっている。
 それはただ王子の方針だけではなく、王妃自身の人柄によるものも多かったのは間違いない。
 王妃の身辺警護を任されている男も、彼女によって意識を変えられていった者の一人と言える。
 男は、にこにこと微笑む王妃を眺めた。
 柔らかな金の髪、春の日差しのような優しい眼。陰鬱としたシュワルツェを明るく照らす光のように、彼女は眩しかった。
「バレンタインっていうのはね、大切な人やお世話になってる人に贈り物をする日なの」
「……はぁ……」
「いつも守ってくれてありがとう!これからも宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げ、王妃はそのまま手を振りながら踵をかえす。そして、次に見つけた彼女付きの侍女にやはり同じような包みを渡していた。
 男は、渡された包みをしげしげと眺めた。淡いピンク色の、おおよそ彼に似つかわしくないその包みは、ちょこんと小さく掌に収まっている。
 いつも守ってくれてありがとう。
 王妃の言葉と掌の小さな重みが、じんわりと彼の心を暖かくしていくのだった。



「……なんじゃ、これは……」
 女王イザベルは眉根を寄せた。
 息子の嫁に渡されたのは、真っ白な真珠だった。
「今日は、バレンタインディなんです」
「そんなものは知らぬ」
 不機嫌さを隠そうともしないイザベルに、ルイは必死で説明した。
 もう幾度繰り返したかわからない、バレンタインの説明。誰よりも気難しいこの義母にはことさら丁寧に。
「そなたに世話などしておらぬわ」
 案の定、イザベルは冷たい言葉で真珠をルイに返そうとした。
 だが、ここで負けるわけにはいかない。ルイは両手を後ろに隠し、決して受け取らないという意思表示をする。
 今日は、バレンタイン。素直に、感謝の気持ちを伝えたかった。
「いいえ。シャルを産んで下さったこと、私をここに置いて下さったこと、とても感謝してるんです」
 思いがけないルイの言葉に、イザベルは眼を見開いた。
 あれだけ忌み嫌い毒まがいのソーマを飲ませ、何度も殺そうとし祖国を滅ぼそうとまでしたのに、この女は何を言うのか。
 言葉にならないイザベルの声を、ルイは表情で読み取る。
 そして、にっこりと笑った。
「……それでも、お義母さまがいらっしゃらなければ、シャルとは出会えませんでしたから」
「…………」
 イザベルは、そっと溜息をついた。
 押し付けられたままの真珠は、掌でころころと転がっていた。
「……これは、そなたが取ってきたものか?」
「え?あ、はい。折角なんで、自分の手で見つけてきたかったんです。お義母さまは、黒真珠の方がお好きかもしれないですけど、白い方がお義母さまの肌に合うかと思って」
 白い、白い真珠。とろりとした光沢の中にクリーム色の光が宿る。
 冷たい印象を受けるイザベルの手の中で、柔らかな温もりを放っていた。
 イザベルは、もう一度溜息をつくと掌を軽く握り締める。
「……礼は言わぬ」
「!……はいっ」
 息子の嫁の笑顔は、真珠と同じように温かかった。




「……で、これはなに?」
 シャルは、テーブルの上に積み上げられた包みの山を見て、不思議そうに呟いた。
「うーん……お返し?なのかなぁ……」
 ルイがバレンタインのプレゼントを渡し終えて自室へ戻ると、様々な包みが届けられていた。
 お返しの習慣は言っていないはずなのだから、これは「大切な人やお世話になってる人に贈り物をする日」と言った自分の台詞故だろうか。
「もしそうだとしたら、この城の皆も私のことを大切だと思ってくれてるってことなのかな」
 そうだと嬉しいのだけれど。
 ルイは、ふんわりと微笑んだ。
「あれ?これ、おかあさまがさっき持ってた花……」
 シャルがひょいと取ったのは、小さな白い花。
 メッセージカードもなにもないシンプルに纏められた花は、それでも上質のレースに包まれて清楚に咲き誇っていた。
 イザベルが、自分の為に摘んできて尚且つラッピングまでしてくれたのだろうか。
 想像出来ないが、それでもあの冷たい女王が贈り物をくれたことを、ルイは素直に喜んだ。
「今日は、なにかあったの?ルイ、誕生日?」
「違うわ。今日はバレンタインなのよ」
「ばれんたいん?」
 首を傾げる夫に、本日何度目かわからないバレンタインディの説明を始める。
 最初にプレゼントをあげた侍女にその説明をした時は、ちっとも上手く伝えられなかったが、やはり繰り返していくうちに慣れてきたようで、今回の説明は流れるように流暢だった。
 これならば、シャルにもわかりやすいだろう。
「ふーん。それは、人魚の国の習慣?それとも、ルイのいた世界の?」
「向こうの世界の習慣よ」
「そっか。じゃあ、おれもなにかプレゼントしなきゃね」
 シャルはそう言って、小首を傾げた。
 それは暗に「おれへのプレゼントは?」というおねだりのように思え、ルイは小さく笑う。
 ちょいちょいと手招きをすれば、シャルは嬉しそうに傍へ駆け寄る。その後ろに、見えない尻尾がついているような気すらしてしまう。
 かわいくて、かっこよくて、優しいシャル。
 最近はどんどんしっかりしてきて、頼りになりすぎる素敵な夫。
 結婚して何ヶ月もたつというのに、恋心は一向に冷める気配はなかった。
「シャル、かがんで」
「こう?」
 ルイは、シャルの首に手を回した。抱きつくような格好になりながら、そのままシャルをソファへと座らせる。
 穏やかな翠の瞳の中に、ルイが写っている。きっと、ルイの蒼い瞳の中にもシャルが写っていることだろう。
「……あのね。バレンタインって大切な人に贈り物をする日なんだけど、私の国ではちょっと違うの」
「そう、なの?」
「うん。私の国ではね、バレンタインは好きな人に告白する日なの」
 いたずらっぽく笑い、ルイはシャルに口付けた。
 掠めるような、小さな口付け。軽い音をたてて離れると、ルイはもう一度夫の顔を覗き込んだ。
「シャル……大好き」
「ルイ、おれも、好き」
 互いに想いを告げあい、再び笑う。
 そして、当たり前のように唇が触れ合っていった。
 今度は、深く。
 愛の言葉が、体の隅々まで行き渡るように想いを込めながら。
「はい、シャル。これがあなたへのプレゼント」
 ひとしきり口付けを味わった後、ルイは包みを取り出した。
 それは、誰の物よりも大きな包みだった。
「本当はね、チョコレートをあげたかったんだけど、こっちになさそうだったから。代わりに、シャルの好きな甘いお菓子を作ったの。あ、大丈夫よ?料理長にちゃんと分量から焼き時間からチェックされたから、すっごくおいしく出来てるの」
 本当なら、全てを自分の力で作りたかったのだが、料理のセンスがないことはいやでもわかっている。こんな大切な日に、とんでもないものをあげる気にはならず助けを求めたのだった。
「おれ、ルイがくれるものならなんでも、良かったのに」
 その言葉に、ルイは複雑そうに笑った。
 きっとシャルならば、失敗作でもおいしそうに食べてくれることだろう。
 今のように、焼き菓子をつまみながらおいしいと微笑んでくれただろう。
「あ……おれ、ルイにプレゼント、用意してない……」
「え?あ、いいよそんなの……」
 今、バレンタインを知ったばかりなのだから仕方がない。そんな考えはシャルにはないようで、その肩はしゅんと下がってしまった。
「プレゼントは、また明日、用意する」
「うん」
「だから、今日は……」
「……あ……シャル……」

 甘い甘い口付けは、仄かに焼き菓子の味がした。
 



 今日は、バレンタイン。
 闇に包まれたこの国が、明るい愛の言葉で埋め尽くされる魔法の一日。
 その中心となった王子夫妻は、互いの存在を肌で感じながら眠りに付くのだった。
 寒い冬の日。
 バレンタインがない世界で、バレンタインを思い出しその日を捏造した。
 けれど、きっと後の世の人は、この日を楽しみにしてくれるに違いない。
 そう思うと、ルイの心の中は甘く溶けていくようだった。
 

 甘い、チョレートのように。











初めてのバレンタイン創作です。だって恋華じゃ出来なかったんだもん。
タイトルの「Valentine's Day Kiss」は、言わずと知れた名曲(?)から。
私は今でも振りつきで歌えます。



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